メンタリストDaiGo氏、ホームレスや生活保護の人たちを避難し炎上→謝罪へ。情けは人の為ならず。悪意もまた・・・

 

「メンタリスト」のDaiGo氏が、動画投稿サイト「ユーチューブ」で、ホームレスの人や生活保護受給者を差別する主張をする動画を載せ、批判を集めている。ホームレスに対しては「いないほうがいい」「犯罪者を殺すのと同じ」などと言い、差別や攻撃を扇動するとして、インターネットDaiGo氏はホームレスの人について「自分にとって必要の無い命は僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい。いない方が良くない? 邪魔だしさ。プラスになんないしさ、臭いしさ。治安悪くなるしさ。もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている。犯罪者を殺すのだって同じ」と述べた。上で「炎上」状態となっている。
毎日新聞より。

 

メンタリストのDaiGoが13日、自身の公式YouTubeチャンネルで生配信を実施。7日に配信した動画で、ホームレス生活者や生活保護者の命を軽視するような発言を行ったことについて、「この度は大変申し訳ございませんでした」と謝罪した。
ヤフーニュースより。

 

謝罪にあるように、今後生活困窮者の方々への理解を深めるよう行動をするのであれば、私は尊敬するし、今回の騒動の意味はあったのだと思う(個人的にはただの炎上商法と思わないではないけども)。
この手の思想の行き着く先は津久井やまゆり園の事件や、ナチスの行った精神障害者の安楽死だ。

 

もし生産性がないからという理由での殺害が許されるのなら、老人になれば皆殺されることを意味する。
ナチスの障害者安楽死計画を批判した、ドイツのミュンスター司教、クレメンス・アウグスト・グラーフ・フォン・ガーレンは、
「もし精神疾患患者を初めとして、『非生産的人間』を殺害する権利があると認めるなら、それはすべての『非生産的人間』を自由に殺害できることになる。そうなると、誰もが安全ではなくなる。なにかの委員会が『非生産的人間』と判定し、そうすれば『生きるに値しない命』となってしまい、なにも私たちを殺害から守ってくれないからだ」
と言った。
ウィキペディアより。

 

今回のDaiGo氏のように、優生思想のような考え方は簡単に頭をもたげてくる。
それは私達の根深い所にそのような考えがあるからなのではないだろうか。
恐らく大多数の人は、DaiGo氏のようなことを積極的に発信はしないまでも、心のどこかで考えたことはあるのではないだろうか。
以前別のブログでホームレスについて書いたとき(そのブログはサービス終了で消えちゃったけども)、ああ、あそこのホームレスね、そこそこの生活していて鬱陶しい、みたいなコメントがあった。
皆気づいているが積極的には助けない、それが正直なところではないだろうか。
だからこそ、基本的人権のように特別に定めておかなければならない。

 

病気や怪我、その他の理由で働けなくなった時、誰しもがそのような立場に置かれることになるのだから批判するな、という意見もある。
私は批判しても良いと思う。
でも、ただ批判するだけでなく解決策も考えておかないとそれは結局自分に返って来ることになる。
生産性がないとお年寄りの排除を是とすれば、いざ自分がなった時にそうなるのは明白だ。
働けなくなったときに生産性がないと切られるのは自分自身だ。

 

 

●情けは人の為ならず。悪意もまた・・・。

情けは人の為ならずという言葉がある。
「情けは人の為にならないからやめておけ」ではなく、「情けは巡り巡って自分に返ってくる」という意味だが、私は、悪意もまた同様であると思う。
生活困窮者に対して厳しい意見を発すれば、自分が同様の立場になった時にそういう言葉を浴びせられることになる。
自分はそういう覚悟があるからやっても良いと思う方もおられるかもしれないが、上記のコメントにあるように、ホームレスの生活をそこそこと評する人にそんな覚悟があるわけがない。
冬の寒風や夏の猛暑、風雪や空腹に容赦なく晒される生活のどこがそこそこなのだろうか。

 

とはいえ、日々の生活に追われて積極的に関われる精神的、金銭的余裕がないのも確かだ。
生活困窮者の支援は税金でなされているのだから、行政が間違ったことを行っているのであればきちんと声を上げることが必要だろう。
声を上げなければ肯定と取られ、それは廻り廻って自分に返ってくる。
そういう点で私達はちゃんと当事者なのだと思います。

 

余談
読書量を誇っていた氏のことなので、当然優生思想やナチス、ホームレスや生活保護関連の本を読む機会もあったのではないかと思う。
私は、読書とは想像力を育むためにするものだと思っているのだけども、そうはなっていないところを見ると、量だけの読書は意味のない、むしろ害のあるものだと思わざるを得ない。
ジャンル問わず乱読するなら良いのかもしれない。
でも、自分の好きなジャンル(例えば嫌韓や日本スゴイのような偏った考えのもの)だけを読むのであれば、ネットやSNSと変わらない。
興味のある情報収集しかしないので、結局自分の考えを助長する効果しかないからだ。
やっぱり量より質よねと、あんまり量を読めていない自称本好きの私はそう思うのでありました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。