ホーム車 カーグラフィックのカメラマン、高橋信宏さんのご冥福をお祈りいたします。 2021年4月24日 ポスト 0 シェア 20 はてブ 14 LINE 厳密にはその後フリーに転身されていたとのことですので、題名は正確ではありません。 悪しからず。 月末近くになってしまったのは、いつもナショナルジオグラフィックの後にゆっくり目を通しているというのもあるし、こういうことを書くのはためらわれたというものある。 カーグラフィック、その後フリーとなられていたカメラマン、高橋信宏さんの訃報が目に入った。 まだお若かったはずだ。 私とも一回りくらいしか変わらない。 天命を全うと書かれているが、恐らく不慮の事故か病気か・・・。 高橋さんとは2,3度お会いしたことがある。 一度目は、CGクラブの抽選で当たったアウディのドライビングエクスペリエンス(ドライビングスクール)で。 露出計で露出を念入りに測られていたのが印象的だった。 車体の色が黒と白が複数台だったので露出が大変ですね、とか、コーンふっ飛ばしましょうか、なんて軽口を叩いた記憶がある。 軽口を叩きつつ、プロの仕事とはこういうものかと、合間合間に視線を送っていた。 が、急発進急ブレーキで体が揺すられて気持ち悪くなり途中からそんな余裕がなくなっていたのは、アウディのドライビングスクールを舐めていたからである。 二度目は大磯で開催されたCG DAYでのこと。 いつぞやのアウディのドライビングスクールではお世話になりました、とか、少し言葉を交わしただけだったけども、まさかそれで最後になるとは思わなかった。 まだバルケッタに乗っていた時のことで、入場時に写真を撮ってくれた。 一緒に仕事したとか(まだ休刊していなかったNAVIにちょっと載ったけど)酒飲んだとか、そんな大層な思い出があるわけではないけども、一抹の寂しさは拭えない。 ご冥福をお祈りいたします。 すんごい昔のNAVIの記事。 写真は高橋さんによるもの。 CG NEWSLetterの記事。 下のバンクを走行中の写真はたぶん私が撮ったものだと思う。 後ろから撮ってとコンデジを渡された。 Gがかかって腕が重く、なかなかに大変だった。 始まる前にちょっとだけ撮ったもの。 2009年なので、実に9年前だ。